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虹色ペリカンが、ダマスカスに出現。
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影響を受けやすいタチなもので、地元の人が大事にしているのが十二分に察せられ、
さすがに白虎隊士のお墓に向かって、パシャリとするのは自粛しました。

周囲には、同じく戊辰戦争の折に自刃したり、戦死したりした女性の慰霊碑なども。

こういった人たち(勿論白虎隊も)の亡骸は、会津の降伏後、官軍にきつく禁じられ
手を触れることも許されずにしばらくの間野ざらしになっていたそうです
そこまでしなくても…と言うか、反感を買うだけじゃないかと。
以前に会津に来たときに、地元の方が、官軍、ひいてはその後現在まで続いている中央のことをいまだに憎々しげに語るのに驚いたことがあります。

なるほど、この辺りの事情があり、
それを後世にまで伝え続けるだけ、必死な思いだったのに、ということなのかもしれません。


何せ自分が、戦争を知らない子供たちの、その更に子供という平和ボケ世代なので、
愛国心やナショナリズムが破滅に向かってしまう、追い詰められた状況はやはり理解できません。

もしこの飯盛山から見た炎が、本当に城を焼く火だったとしても、
生き延びて会津魂?なり、大和魂?を伝えていくという選択肢は、どうにかなかったものかなあ、とどうしても思ってしまいます。
城がなくなっても、「人は石垣、人は城」とか何とかって言うし。 (文脈が違うか。。)
一人一人の人生が活気に満ちてこその国だと思うんだけど。

時代がそれを許してくれなかったのは分かるけれど、
「それでも地球は回っている」的な気持ちの切り替えが出来なかったものか・・・ムリだよね~

いい言葉じゃん、「それでも

親御さんがキリスト教徒の友人が、以前に話していたことを思い出します。
自分がキリシタン弾圧が行われていた当時のキリシタンだったら、
絶対転んどく!!
で、内心「それでも」って思っておけばいいじゃん。

これも、当時の感覚ではムリは承知の会話です。勿論。
簡単に「それでも」と言って自分を守れる時代に生まれた事は、やはり大きな幸運のようです。

何が本当の悲劇って、
死んでしまったことよりも、死ななくていいのに死んでしまった状況よりも、
今でいう高校生になるやならずの年齢の子達が
「自殺はいけない」ではなく、
「生き恥をさらすなら自害して果てろ」と叩き込まれてしまった
状況と言うか、時代と言うか、そっちの方がよっぽど悲劇の元凶だよなあ。

武士道ってカッコよさげだし、個人的に時代劇とか大好きだけど、
いざ、その場で色々見てしまうと、なんだかなァ…
カッコイイだけでは済ませられないものを感じます。

一方で、わざわざ「自殺はいけない」という講釈が必要な、
ホイホイ死んでしまう現代人も悲劇的っちゃ悲劇的かも知れません。

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